完全に遅刻だ。僕は全力で走った。きっと『走れメロス』のメロスもこの位必死に走ったんだろう。待ち合わせ時間はとっくに過ぎている。日曜日の午後17時に公園広場で待ち合わせ。
『遅刻しないでよ。私待ってるから』彼女はそう言った。
『あぁ分かった大丈夫だよ。もう大人なんだから遅刻なんてするわけないだろ』
僕はそう言って電話を切った。それが昨日の話。そして現在午後21時。見事な遅刻だった。バイトから帰ってきて軽く横になったのが間違いだった。ここのところバイトの連続で疲れていたのか、そのまま数時間夢の中にいた僕は起きて時計を確認した瞬間に心臓が止まった。そのまま鉄砲のように家を出て現在に至る。
『あぁぁケータイ充電しとけば良かったあ!!』
彼女に連絡を取ろうとしてもケータイは何の反応もない。ケータイの充電切れに気づいたのがついさっき、とにかく今は全力で走って着いたらすぐに謝るしかない。まだ居たらの話なのだが・・・・。
妙な不安がよぎった時鼻に水滴が落ちる。
『マジかよ・・・・・』僕はこの最悪の状況をもっと悪くするこの小さな水滴達を眺めて言った。
予報にはないこの突然の雨に通行人達は慌てながら小走りで走り出す。これで絶望的になった。予報にない雨だ彼女が傘を持っている確率は限りなく低い。もう怒って帰ってしまっただろうか。不安が大きくなっていく、足取りも重い、コンビにで買ったビニール傘を持つ手も寒さからか不安からか小刻みに震え始めていた。いつのまにか力強く走っていた足は機械仕掛けの人形のように歩く足へと変わっていた。
待ち合わせ場所の公園広場に着くと所々にカップルが目に付く。皆楽しそうに笑っている中で今にも泣き出しそうな僕の顔。目はキョロキョロと彼女を探していた。しかしそれらしい人影は見当たらない。
『やっぱり・・・・・』僕はうつむき、誰にも聞こえないであろう小声でそう言った。
今来た道を戻る。やはりいなかった。嫌われただろうか。許してもらえるのだろうか。そんな事ばかりを考えながら進む道。公園の出口に差し掛かった時あるカップルの話が耳に入った。
『あ〜あ失恋でもしたのかなかわいそう』カップルの女性が喋る。
僕の事を話しているんだと思った。確かに端から見た僕は周りに似つかわしくないオーラをまとっているだろう。しかし最後に聞こえた男の言葉を聞いて僕は進路を変えた。
『びしょびしょだったよなあの女の子。あの赤いコートも台無しだな』
赤いコート。それは僕が去年のクリスマスに彼女にプレゼントしたコート。本当はブランド物でも買ってあげようと思ったのだけど、俺にそんなに金が無い事を知った彼女が差し出したのは古い洋服店のワゴンセールの中にあった赤いコートで僕はそれを彼女に贈った。
赤いコートを着てる人なんてたくさんいる。その人が彼女だという保障もない。だけど僕は走らずにはいられなかったんだ。信じれずにはいられなかったんだ。
公園の真ん中時計塔の下に彼女はいた。傘も差さずにただじっとそこに立っていた。いつも綺麗な長い髪は雨に濡れ、赤いはずのコートは紺色のように変化し、よく見ると手足はカタカタと震えている。とても見ていられなかった。僕はすぐに彼女に駆け寄り傘を掲げた。
『あっ。もう遅いよぉぉ』彼女は笑顔で僕にそう言った。
その笑顔は雨に濡れていても眩しかった。
『ごめん。もう帰ったかと思ったよ』僕もなんとか笑顔を作って見せそう言った。
『帰るわけないじゃん。私待ってるって言ったでしょ』彼女は当然の事のように答え笑った。
その瞬間僕は彼女を抱きしめた。傘は地面に落ち、目からは涙が伝っていた。彼女は僕が聞き流したその約束をここでずっと守っていたのだ。僕からなんの連絡がなくても、雨が降ってきても彼女は僕が来ることを疑わず僕が姿を現すこの瞬間までここでこの待ち合わせの場所で待っていたのだ。それに比べて僕は彼女は帰ったかもしれないと疑いついには先に帰ろうとまでした。そんな僕を彼女待っていてくれた。そのことが嬉しくもあり、同時に申し訳なかった。
『ごめん。ホントにごめん』僕は彼女を抱きしめながらひたすらに謝った。
『もういいってば。こうして来てくれたんだからとっても嬉しいよ』
無邪気な笑顔を浮かべながら彼女は言った。そんな彼女が僕はとても愛しく思えてならなかった。
『好きだ。君がとても』そう語りかけるように僕は言った。
『私も好きだよ。あなたがとても大切』それに答えるように彼女は言った。
向かい合う2人の唇が触れた時、僕はポケットの中の指輪をギュッと握りしめた。
FIN